介護離職対策の「死角」 〜なぜ従業員教育だけでは足りないのか〜

介護離職対策の「死角」 〜なぜ従業員教育だけでは足りないのか〜

1.仕事と介護の両立支援の体制づくりと、そこに潜む「盲点」

総務省の調査[1]によれば、介護・看護を理由とする離職は年間約10万人規模で推移している。働きながら介護を担うビジネスケアラーは約365万人にのぼり、その多くは企業の中核を担う40〜50代だ。介護離職は、もはや家庭だけの問題ではなく、企業の人的資本に直結する経営課題である。


こうしたなか、2025年4月には改正育児・介護休業法が施行された。介護離職の防止に向けて、企業には雇用環境の整備が義務づけられ、介護休業・介護両立支援制度等に関する研修の実施や相談窓口の設置、40歳前後の従業員への情報提供などが求められている。多くの企業が、この1〜2年で両立支援の体制を急ピッチで整えてきた。 とはいえ、介護を理由に職場を去る人は後を絶たない。その要因は、制度を使いづらい職場風土や人員不足などさまざまだが、ここに一つ見落とされていることがある。企業における施策のほとんどが実際に備えるべき本人――すなわち従業員の親――に行き届いていないということだ。 本コラムの主張はこうだ。従業員への教育は欠かせない。しかし、従業員向けの施策だけでは限界があり、従業員の親にも目を向ける必要があるのではないか――。

2.制度整備だけでは防げない「突然の介護」のリスク

筆者は、企業向けに仕事と介護の両立支援セミナーを長年担ってきた。そこで一貫して訴えてきたのが、事前準備の重要性である。


介護は、親の骨折や入院などをきっかけに、ある日突然始まることが多い。慌ただしさの中で情報収集も環境整備も間に合わず、子が介護を全面的に担い、やがて離職に至るケースがある。介護に直面する前の備えが、その後の対応を大きく左右するのである。


ここで重要なのが、事前準備の核心は、制度の知識そのもの以上に、親自身が「これからどう生きたいか」を元気なうちに考えておくことにある、という点だ。ところが、準備が最も必要な当の親本人が、準備段階からすっぽり抜け落ちていることがよくある。企業がどれだけ従業員教育を充実させても、この一点が欠けたままでは、施策は肝心なところで実を結ばない。

3.従業員任せの限界が生む、親と子の「対話の壁」

なぜ、備えるべき親本人が抜け落ちてしまうのか。

当社が企業向けセミナーを重ねるなかで、受講者から最も多く寄せられた声に、その答えがある。「親と介護の話ができない」というものだ。理由はおおむね三つ。お金や健康、死に関わるデリケートな話題であること。親の側が「子に心配をかけたくない」と、意図的に話を避けてしまうこと。

そして、もともと疎遠な関係にあり、改まって込み入った話を切り出しにくい間柄であること。


改正育児・介護休業法は重要な前進であるが、その支援は主に「介護を担う側」に向けられており、介護について考え、備えるべきもう一人の当事者――介護を受ける側の親本人への働きかけは、依然として従業員である子に委ねられている。ここに、介護離職対策の死角がある。


そもそも、介護の「主語」は誰か。どこで暮らし、誰の支援を受け、どこまでの医療を望むのか。資産をどう使い、何を遺すのか。これらについて考え、意思を示せるのは、ほかでもない親本人である。その意向が定まっていなければ、子がどれだけ制度に通じていても、いざというときに具体的な準備は前に進まない。実際、介護離職に至るケースでは、こうした点について親の意思が確認できずに、子が介護を抱え込んでしまうことが少なくない。


最も望ましいのは、親と子が元気なうちにじっくり話し合っておくことである。どこでどう過ごしたいか。何にいくらかけられるか。親の意思を家族で共有できていれば、いざというときの混乱は大きく減る。法改正もセミナーも、本来は親子での対話を促すためにある。方向性は正しい。だが、その対話は、先述のとおり現実には難しい。

4.新たな解決策:「親本人」への直接支援がリスクを断つ

この壁を越えるうえで効果的なのが、第三者から親本人への直接的な働きかけである。子から言い出しにくいことも、利害関係の薄い第三者であれば伝えることができる。子が切り出せば「縁起でもない」と身構えられる話も、中立的な専門家が人生設計の一環として語れば、冷静に受け止められやすい。 筆者が伝えているのは、次のような考え方だ。「子どもには子どもの人生があり、その時間は親の残された人生よりずっと長い」。だからこそ親にとって、家族に過度な負担をかけないための備えが大切になる。心配をかけたくないという親心を裏返し、「家族を安心させるために、まず自分が備える」という前向きな動機へと変える。親を「介護される人」ではなく、自分の人生の主役として扱うのだ。そうして親自身が動き出せば、子から切り出せずにいた親子の対話も、自然と始まっていく。

今般、当社が提供を開始した、従業員の親御さんを直接の対象としたセミナーは、専門のコンサルタントが親世代に人生設計と備えを直接語りかけるものである。「会社の取組みの一環なので、一度聞いてみては」と、従業員である子が親に自然に案内できる設計にした点も特長だ。セミナーは、親が一人で受けることも、子である従業員と一緒に視聴することもできる。後者は止まっていた親子の対話を動かすきっかけにもなるのではないだろうか。

5.支援の視野を「家族」に広げ、中核人材の流出を防ぐ

介護離職対策は「介護をする側」だけを見つめてきたが、備えるべき本人=親が置き去りにされている限り、対策は十分には機能しない。親子で対話を始めるきっかけとして、親本人への働きかけは有効な一手になる。そしてそれは、企業において、中核を担う40〜50代社員の離職を防ぐための、確実なリスクマネジメントになる。視点を従業員の家族にまで広げること――この発想の転換が、これまで埋まらなかった空白を埋め、仕事と介護の両立支援を一段先へ進める鍵になるだろう。

参考文献

[1] 総務省統局「令和4年(2022年)就業構造基本調査」 https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/index2.html (アクセス日:2026年6月23日)

仕事と介護の両立支援セミナーについて

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本セミナーに関するお問い合わせ

elderly_service[アットマーク]sompo-rc.co.jp
※[アットマーク]を@に変えてください。



泉 泰子 

カジュアルティコンサルティング部 医療・介護グループ

プロフェッショナル

略歴・実績

総合病院における救急医療等を看護師として経験後、高齢者の自立や介護支援業務に携わる。2002年入社後、医療機関や介護施設における事故防止体制整備支援コンサルティングに従事。 傍ら、高齢・シニアの問題に取り組み、企業における仕事と介護の両立支援等、教育・セミナーを多数実施している。
■講師・委員等:
・一般財団法人 日本リスクマネジメント協会 主席研究員
・平成29年厚生労働省 市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(高齢者虐待対応マニュアル)改訂委員会委員
・日本経済調査協議会 介護離職問題研究会研究員
■著書・寄稿など:
・ 事故予防のための介護リスクマネジメント(2013年1月、一般財団法人リスクマネジメント協会)
・ 理学療法のリスク管理ビューポイント(2007年12月、文光堂)
・ 認知症介護 見守りだけじゃ防げない!転倒転落予防に向けたリスクマネジメント(2014年冬号、日総研出版)
・ RM情報誌「TODAY」Professional Eye医療・介護編 (2014年3月ー2018年11月 リスクマネジメント協会出版)
・「レクリエ」介護現場のリスクマネジメント(2013年秋号~2015年11,12月号世界、世界文化社)

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