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「座りすぎ社会」がもたらすリスク――人的資本経営の観点から
1. 座りすぎがもたらす健康リスク
「座りすぎは新しい喫煙である」と言われるほど、現代のホワイトカラー職種従事者が直面する「座りすぎ」がもたらす健康リスクは深刻です。人間の骨格や代謝システムは本来、歩く・走る・立つといった活動を前提に設計されており、長時間の座位はその前提から外れています。研究では、1日8時間以上座って過ごす人は死亡リスクが有意に高まり、糖尿病や心疾患、肥満、さらには一部のがんにもつながると報告されています[1]。単に腰痛や肩こりにとどまらず、生命予後そのものを左右する問題なのです。
2. コロナ禍による活動量減少とオフィス回帰の現状
こうした座位中心のライフスタイルを加速させたのが新型コロナウイルスです。在宅勤務の急拡大は通勤やオフィス内の移動という“知らず知らずのうちの活動量”を奪いました。北米・ヨーロッパ・アジアなど複数地域で実施された研究を統合分析した先行研究によれば、新型コロナウィルス関連のロックダウンや在宅勤務により、身体活動が有意に減少し、座位時間が有意に増加したことが確認されています[2]。さらに、在宅勤務は軽強度の身体活動を有意に減少させることが示されています[3]。
この傾向は対象を日本に絞った場合でも同様で、都市部のホワイトカラー職種従事者は在宅勤務日に歩数が6割近く減少し、厚生労働省が推奨する1日8,000歩には遠く及ばないことも指摘されています[4]。
国際機関の調査によれば、テレワークは一時的な流行ではなく、制度化され定着していることが確認されています。OECDの報告では、パンデミック期に急増した在宅勤務は各国で依然として高水準を維持しており、特にホワイトカラー職種において恒常的に組み込まれつつあると指摘されています[5]。
通勤による歩数やオフィス内の移動といった日常の活動量は、コロナ禍前に比べて回復しきっていないのが現実で、自然に2019年以前の活動水準に戻ることは難しく、積極的な対策が不可欠と考えられます。
3. 活動量減少が心身に及ぼす影響
活動量不足は身体的な疾患だけでなく、精神面にも大きく影響します。運動にはセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の分泌を促し、気分を安定させ、集中力を高める効果があります。逆に運動不足はストレス耐性を下げ、うつ症状の悪化を招く可能性があります[6]。
これが生産性の低下や欠勤・休職につながり、企業にとっては人的損失となります。
身体活動不足の経済的損失については、WHOの報告によれば、予防可能な非感染性疾患(NCD)の治療費は2030年までに年間約2,700億米ドルに達する可能性があると試算されています[7]。
4. 人的資本経営の観点からの提言
近年注目される「人的資本経営」では、従業員を資産とみなし、その知識・スキル・健康を最大化することが求められています。健康は人的資本の土台であり、活動量減少を放置することは資本価値の毀損に直結します。逆に企業が従業員の健康増進に投資すれば、エンゲージメントや創造性、生産性の向上を通じて業績改善に貢献することが可能です。従業員が健康であることは、企業にとって持続可能な成長戦略の一部なのです。
5. 企業が講じるべき具体策
では、企業はどのような取組みを行うべきでしょうか。いくつかの具体策を挙げます。
| 職場環境の整備 | スタンディングデスクや立ち会議スペースを導入し、自然と姿勢を変えられる環境を整える。 |
|---|---|
| 休憩と運動の推奨 | 1時間に一度のストレッチや軽い運動を促すアラートを導入する。 |
| リモート勤務時の工夫 |
オンライン会議では「カメラオフで立って参加可」とするなど、座位一辺倒を避けるルールをつくる。 |
| インセンティブ制度 |
歩数計やアプリを活用し、活動量に応じてポイントや報奨を与える。 |
| 啓発・教育活動 |
座りすぎのリスクや運動のメリットを周知し、従業員が自ら行動を選択できるよう支援する。 |
6. まとめ
ホワイトワーカー職種の座位中心の働き方は、コロナ禍を経て一層固定化しつつあります。オフィス回帰が進んでも、活動量は2019年以前の水準に戻っていません。放置すれば心身の健康を害し、生産性低下や欠勤増加といった形で企業業績にも悪影響を及ぼします。
一方で、企業が従業員の活動量を支援することは、人的資本経営の推進に直結し、業績向上にもつながります。オフィス設計や習慣化支援、インセンティブ制度など、できることは多岐にわたります。企業が従業員の「動く習慣」を後押しすることこそ、健康経営をさらに進化させる戦略的投資であり、持続的な競争力を確保するための最良の手段なのです。
従業員の活動量推進の取組みに課題をお持ちの方
参考文献
[1]WHO. Global action plan on physical activity 2018–2030.,https://www.who.int/publications/i/item/9789241514187 (アクセス日:2025年9月20日)
[2]Transitioning to Working from Home Due to the COVID-19 Pandemic Significantly Increased Sedentary Behavior and Decreased Physical Activity: A Meta-Analysis,https://www.mdpi.com/1660-4601/21/7/851 (アクセス日:2025年9月20日)
[3]Comparison of physical activity and sedentary behavior between telework and office work in a working population during the COVID-19 pandemic: a systematic review and meta-analysis of observational studies,https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12083111/ (アクセス日:2025年9月20日)
[4]厚生労働省『健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023』,https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001171393.pdf(アクセス日:2025年9月20日)
[5]Exercise for Mental Well-Being: Exploring Neurobiological Advances and Intervention Effects in Depression,https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2023/09/the-surge-of-teleworking-a-new-tool-for-local-development_6b88f7da/5eb3b9f2-en.pdf (アクセス日:2025年9月20日)
[6]Wang et al.(2023).Exercise for Mental Well-Being: Exploring Neurobiological Mechanisms.(Life),https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10381534/ (アクセス日:2025年9月20日)
[7]WHO (2022). WHO highlights high cost of physical inactivity.,https://www.who.int/news/item/19-10-2022-who-highlights-high-cost-of-physical-inactivity-in-first-ever-global-report (アクセス日:2025年9月20日)
藤田 英継
サステナビリティコンサルティング部 人的資本グループ
上級コンサルタント
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