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中国における拘束リスク メディアにどう向き合う? 社員を守るために知っておくべき要点
日中関係は、高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁に対して、中国が強い反発を続けていることにより、2026年に入ってもなお改善の兆しがみえない。日本企業にとっては中国における対日感情を再認識し、備えが怠れない状況だ。専門家が指摘するリスクの一つは、「スパイ行為」に絡んだ日本人の拘束。中国が日本政府に圧力をかける手段にする恐れは否めないという[1]。
拘束に対する注意喚起や予防措置の啓発は、すでに多く行われている。本コラムでは、危機管理広報の視点から報道対応などを考察したい。「自社の一員が拘束されたらマスコミにどう向き合うか」。これは、組織の一員の安全にかかわる重要なテーマであり、危機管理の一環として意識しておくべき観点である。
1.前提は「いつかは報道される」
外務省によると、中国で「反スパイ法」が制定された2014年以降、刑法のスパイ罪など「国家安全」にかかわる容疑で拘束が確認された日本人は17人。このうち5人が実刑判決を受けて今も拘束中だ[2]。 これらの事案を新聞記事のデータベースなどを使って調べたところ、いずれも日本の主要な新聞・テレビの独自報道によって初めて公になり、日中両国政府が報道後に公式に認める流れだった。被拘束者が所属する企業・団体などが自ら公表して明らかになった事案は確認できなかった。
下の表は、報道をもとに、各事案での拘束、その表面化の時期などをまとめたものだ。拘束から公になるまでの期間は、短い事案で1週間~1カ月程度。最長で約1年という例もあるが、大半が半年以内に報じられている。
大手商社社員の拘束事案(表⑧)の際、外務省は国会で「(被拘束者の)家族への配慮」のほか、他の日本人拘束者に対して「不利益な影響を生じさせる可能性」を考慮して、対外公表を控えていたと説明している[3]。
表:中国で「スパイ行為」に絡み日本人が拘束された事案
※各種報道などをもとに筆者作成
他の事案でも同様だと考えれば、拘束事案は「積極的には公表しない」というのが、外務省の基本的な広報スタンスということになる。
一方、日本人拘束事案の取材経験を持つある日本人記者は、公式発表がなくても「大抵の場合、拘束された人物の周辺がざわつくものだ」と筆者に語る。
例えば、国立大学教授(表➉)の拘束は周辺の学者ら一部の知人たちの間で噂になった。こうした情報をキャッチしたマスコミは、在中国日本大使館などへの非公式取材で裏取りを進める。この記者によると、どのマスコミも報じていない段階での確認作業は難しいが、どこかが報じた後は「比較的に容易に確認できる」のだという。
つまり、被拘束者が所属する組織や政府が自らの発表を控えても、マスコミのどこかが、いつかは、何らかの端緒をつかんでニュース化し、他のマスコミも一斉に追随する。企業・団体は、広報方針にかかわらず、いずれマスコミの取材があるとの前提に立って、対応を検討しておく必要があるということだ。
2.広報対応は“慎重派”から“積極派”まで
では、組織の一員が拘束された企業・団体は、日本のマスコミの取材にどのように対応したのか。報道をもとに、取材を受けたことが明白な主な事例を比較する。
記憶に最も新しい大手製薬会社社員(表⑫)の事案では、第一報が報じられた後、日本政府が公式に認める前に、同社広報担当者が「拘束されたのは当社の社員で間違いない」(2023年3月26日、共同通信報道)と取材に認めている。他メディアにも「外務省を通じて情報収集をしており、適切に対応します」などと応じた。同社のコメントはその後も社員に対する正式逮捕や判決といった節目の動きの際に報じられている。
製薬会社のウェブサイトで社員拘束に関するプレスリリースは確認できず(2026年2月19日時点)、同社は個別の取材に対してコメントを伝えていたと推察される。その内容は、「逮捕された」などの事実関係は認めた上で、個人情報を含む詳細には踏み込まず、「外務省と連携」「適切に対応」といった方針を強調するにとどめている。
同社と比べて慎重だったのは、国立大教授(表⑩)や大手商社社員(表⑧)の事案だ。双方とも発覚当初に「確認中」などとコメントするのみで、ある取材記者は大手商社から社員帰国の際に「取材は断っている」旨を告げられたという。
一方で、積極さが目立つのは、温泉開発の調査のために中国を訪れた社員が拘束された地質調査会社(表⑥)だ。同社は第一報が報じられたその日に本社で記者会見を開き、その後も一部社員の解放に関して政府が公式に認める前にマスコミに明らかにするなどしていた。
以上のように各事案の対応は一様でないが、こうした情報発信の在り方や程度によって、どのようなメリットとデメリットがあり得るのか。次項で検討する。
3.情報発信に伴う効果とリスク
マスコミを通じた積極的な情報発信のメリットとしては、報道内容が充実する分、世論の喚起につながり、被拘束者の解放に向けた政府の行動を促すという効果が挙げられる。拘束事案は一企業の問題を超えた“政治案件”であり、日本政府による中国側への働きかけが重要となるためだ。
この代表例とされるのが、国立大教授のケース(表⑩)だ。大学側の広報対応は慎重だったが、日本の研究者らが拘束を懸念する声明を相次ぎ発表し、報道された。当時の安倍晋三首相は中国の政権幹部との会談で「前向きな対応」を強く要請し、教授は拘束から約2カ月で解放された。
実際にはそのときの日中関係にも影響され得るため、積極的な情報発信が必ずしも奏功するとは限らない。国立大教授の場合、翌年春に計画されていた習近平国家主席の国賓来日を円滑に実現させたい中国側の事情が影響したと分析されている。
地質調査会社(表⑥)の事案では、発覚から約2カ月後に6人のうち4人が解放されたが、残る2人に関しては、日本の与党幹事長が訪中した際に解放を要請したものの、実現しなかった。
大手製薬会社社員の拘束時(表⑫)には日本の外相が訪中して抗議したが、進展はなかった。中国は当時、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出などをめぐり、日本に強く反発していた。
ただ、確たる情報が乏しく、マスコミが報道できなくなれば、政府の動きが鈍くなり、事案が風化するリスクもある。拘束の長期化を念頭に置けば、社会の関心を喚起・維持するための戦略も必要となり得る。
一方で、積極的な情報発信に潜むリスクにも留意しなくてはならない。
対応で最優先されるべきは、被拘束者の安全であるが、不用意な発言が被拘束者に不利な影響を与える恐れもある。
中国の司法プロセスは不透明さを問題視されている。それだけに中国へのあからさまな批判や政治に絡む見解は抑制する方が得策だろう。メディアやジャーナリストによっては記者会見などの取材機会に執拗な質問でそうした発言を引き出そうとしたり、意図しない文脈で発言がSNSなどで引用・流布されたりする可能性も否めない。
被拘束者の行動に関する発言にも慎重さが求められる。中国当局は問題視する具体的な行動を明らかにしない上、被拘束者のすべての行動を所属先の企業・団体が把握しているわけでもないので、被拘束者に疑いを持たれるような不都合な行動はなかったと確実に言い切るのは難しい。「事実」として話せることと、推測・観測など「話さない・話せないこと」を線引きしておくことが重要だ。
4.まとめ:メッセージの混乱が組織の一員の安全を脅かさないために
最後に中国で組織の一員がスパイ行為に絡んで拘束された際の広報対応で踏まえておくべき要点をまとめる。
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l 拘束事案は対外公表されなくても、マスコミの独自取材で報道される l マスコミからの取材があるとの前提で対応を検討することが必要 l マスコミ対応では、メリットとデメリットに留意して、発信する情報を慎重に検討する |
以上は対マスコミに絞った対応だが、有事には、さらに外務省や被拘束者の家族との緊密な意思疎通が欠かせない。とりわけ拘束の初期はその事実を公表して波風を立てることはせず、外交的手段で解決を図ることが得策であり、双方と連携して対応を決めるのが望ましい。中国現地法人を含む社内の情報管理、現地の日系他社や在留邦人全体への影響分析も必要である。そのためには平時に広報体制を認しておくことが肝要だ。いざというときに発信される情報やメッセージが混乱し、大切な組織の一員の安全を脅かすようであってはならない。
危機管理広報・海外危機管理に関するご相談
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参考文献
[1] 【柯隆さん解説】緊迫の日中関係 行方は(辻󠄀’s ANGLE)
https://www.web.nhk/tv/an/kokusaihoudou/pl/series-tep-8M689W8RVX/bl/pDAZdogaO5/bp/pazLQm1GKV
(2026-02-19閲覧)
[2] 中国:中国の「反スパイ法」に関連する注意喚起
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcspotinfo_2025C029.html
(2026-02-19閲覧)
[3]国会会議録検索システム 第198回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号 平成31年2月27日
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=119805266X00120190227¤t=3
(2026-02-19閲覧)
宮下 日出男
クライシスマネジメントコンサルティング部
クライシスコミュニケーショングループ
上級コンサルタント
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