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新任リスクマネージャーの最初の一手 〜4月から始める「つなぐ・つながる」リスク管理〜
4月は多くの企業にとって新年度の始まりである。組織改編、人事異動、事業計画の更新が重なるこの時期は、リスク管理の体制を見直すうえでも重要な節目となる。
とりわけ、新たにリスク管理担当に就いた人(新任のリスクマネージャー)にとっては、着任直後に何を見極めるかが、その後の1年の動き方を大きく左右する。最初に確認すべきなのは、リスクの数でも、制度やルールの多さでもない。自社のリスク管理が相互に有機的につながっているかどうかである。
本コラムでは、その「つなぐ・つながる」視点を軸に、新たなリスクマネージャーが最初に何を見るべきかを解説する。
1.新年度はリスク管理の「設計図」を見直す好機
1-1 リスクの「つながり」を直視する時代
まず押さえておきたいのは、いま企業が直面するリスクの性質である。ERM、BCP/BCM、地政学、サイバー、気候変動・自然災害、ESG、不正・コンプライアンス、サプライチェーンなど、取り組むべきリスクには枚挙にいとまがない。しかし多くの企業では、それぞれが別の管理テーマとして扱われてきた。
ただ、現実のリスクは、そのように整然と区切られた形では発生しない。
WEF(世界経済フォーラム)「グローバルリスク報告書」の2026版でも、地政学、環境、社会、技術のリスクが相互に連鎖し、企業活動に複合的な影響を及ぼすと指摘されている[1]。リスクは単独で存在するのではなく、つながって動く。この前提に立てるかどうかが、リスク管理の質を分ける出発点になる。
1-2 なぜ、従来の縦割り管理では限界なのか
多くの企業では、ERMやBCP/BCMはリスク管理部門や総務部門、サイバーは情報システム部門、ESGはサステナビリティ部門、コンプライアンスは法務部門といった形で対応してきた。この役割分担自体は合理的であり、間違いではない。
しかし、実際のリスクは部門の境界線どおりには発生しない。自然災害はサプライチェーンの停止を招き、顧客対応や業績にも波及する。サイバー事故も情報漏えいにとどまらず、操業停止や信用毀損へと発展するケースが増えている。気候変動や人権、経済安全保障といったテーマも、もはや開示対応のための課題ではなく、事業継続や投資判断に直結する経営リスクになっている。リスクがつながって動く以上、管理もつながっていなければ対応できない。ここに、縦割り管理の構造的な限界がある。
※上記項目は、当社「サービスメニュー」より抜粋
※線の太さは、リスク対策項目の関連性の強さを示す。
図1 個別リスク事象の関連図(筆者作成)
【事例1】
2024年以降、半導体やレアアースなどの輸出管理規制が各国で強化されている。これは一見、経済安全保障というひとつのテーマに見える。しかし実態として、規制情報の収集は法務部門、取引先の切り替え判断は調達・購買部門、対外開示はサステナビリティ部門、業績への影響試算は経営企画部門がそれぞれ担っている企業が多い。各部門が個別に対応を進めた結果、取引先の変更がすでに行われていたにもかかわらず、その情報がリスク管理部門に共有されず、全社のリスク評価が従来の前提のまま更新されない状況が生じている。
このような状態では、ある日突然、主要部材の供給が停止した場合に、初動で何を優先すべきかについて適切な判断ができないおそれがある。「担当者は存在するものの、相互に連携されていない」という構造が生み出すリスクの空白は、まさにこの点にある。
2.新任リスクマネージャーが最初に見るべきポイント
こうした環境の中で、新任リスクマネージャーに求められるのは、リスク管理台帳や規程・マニュアル類を整えるだけではない。社内の管理機能がどこで分断されているのかを見抜き、それをつなぎ合わせることである。制度や対応策を増やすより、既存の仕組みをどう紐付けるか。その視点こそが、「つなぐ・つながる」リスク管理の起点となる。
2.1 新任リスクマネージャーが確認したい5つの視点
「着任した際に確認しておきたいチェックポイント」を、筆者なりに5つに整理した。これらは、単に項目を形式的に埋めることを目的とするものではない。目的は、自社のリスク管理が、経営判断を支える実質的な仕組みとして機能しているのか、その実態を見極めることにある。
| ① 重要リスクの見直し 全社の重要リスクは、当年度の事業計画や事業環境の変化に合わせて見直されているか。事業ポートフォリオの変化や外部環境の変動が、リスクの再評価に適切に反映されているか。 |
| ② リスク認識と管理施策の接続 ERMで特定した重要リスクは、BCP/BCMやサイバー対策など、具体的な施策や対応計画に落とし込まれているか。リスク管理がExcelシートのリスト化にとどまっていないか。 |
| ③ ESG・エマージングリスクの経営統合 気候変動、人権、サプライチェーン、経済安全保障、生成AIなどのESGやエマージングリスクが、投資判断や事業戦略の検討に組み込まれているか。経営の意思決定とつながった議論になっているか。 |
| ④ 有事の意思決定ルール 危機や重大インシデントが発生した場合、誰がどの権限で意思決定するのかが明確になっているか。その際、判断基準やエスカレーションのルールは、リスク事象ごとに分断されていないか。 |
| ⑤ 訓練による実効性の検証 多様なリスクを前提とした演習や訓練を通じて、一貫した危機対応体制の実効性が検証されているか。海外拠点や主要取引先も含め、実際の多様な危機を想定した訓練となっているか。 |
【事例2】
リスクアセスメントで「大規模地震による本社機能の停止」が重要リスクに挙がっていたとする。
しかし、BCPでは本社機能の代替拠点や指揮系統の移管手順が策定されず、情報システム部門でもリモートワーク環境への切替手順がBCPと連動しておらず、全体としての整合が取れていないことも少なくない。
実務の感覚としても、実際にこうした企業は想像以上に多い。リスク管理上で「重要」と評価されたリスクが、BCPという実行計画に一本の線でつながっていなければ、いざという時にリスク管理台帳は単なるExcelの一覧表で終わる。逆に、重要リスクごとに「このリスクが顕在化した場合、BCPのどのシナリオが発動し、どの部門が初動を担うか」を明示的に紐づけている企業は、演習を通じてその接続を検証し、実効性を高めている。
2.2 リスク管理の差は「項目数」ではなく「つながり」で決まる
筆者が多くの企業のリスク管理を見てきて感じるのは、優れた企業ほど重要リスクの項目はあまり多くないということだ。その一方で、リスク管理において徹底されているのは、リスクと経営の意思決定を、しっかりと「つなげる」仕組みである。
【事例3】
例えば、ある化学メーカーでは、気候変動リスクの分析結果を単なる開示対応にとどめず、設備投資の判断材料として経営会議に付議している。TCFD対応としてシナリオ分析を実施するだけで終わらせず、「当該工場は高潮リスクの高いエリアに立地しており、10年以内に移転もしくは防潮対策への投資が必要である」といった、具体的な意思決定にまで落とし込んでいる点が特徴的である。結果として、気候変動リスクは開示資料の中に留まることなく、中期経営計画における投資判断と実質的につながっている。
2.3 先進企業に見る「つなぐ・つながる」の実践
先進企業では、この「つなぐ・つながる」発想を強める動きが顕著になっており、ここではその企業事例を一部紹介したい。
三菱電機の統合報告書2025では、CROのもとにグループ全体のリスク管理を統括する体制を整備し、「探索と備え」「影響緩和・未然防止」「有事対処」を一体のプロセスとして設計している[2]。対象リスクには自然災害だけでなく、経済安全保障やAIといった新たなテーマも含まれる。平時と有事を切り離さない運営思想が明確だ。
NECの取り組みも示唆に富む。「サイバーセキュリティ経営報告書2025」では、サイバーセキュリティを経営課題として位置づけ、経済産業省の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」に沿った全社管理を進めている[3]。注目すべきは、サイバーインシデント対応にとどまらず、サイバー起因の事業停止を前提としたBCPの整備に踏み込んでいる点である。サイバーとBCP/BCMがつながっている好事例といえる。
ESGとリスク管理の接続では、みずほフィナンシャルグループの事例がわかりやすい。「人権レポート2025」で取引先へのデューデリジェンスや苦情処理メカニズムの運用を開示しているが、人権を理念として掲げるだけではなく、事業リスクとして具体的な統制プロセスに組み込んでいる[4]。
筆者が最近強く感じているのは、取り組みの差を生むのは、制度や対策の数ではないという点だ。リスク管理と経営判断が一本の線でつながっているかどうか。この一点に尽きるのではないかと思う。そのつながりの有無が、意思決定の質にそのまま跳ね返ってくる。 そして危機が発生した瞬間、その差は一気に表面化する。初動から迷いなく動ける企業もあれば、会議を重ねても判断が前に進まない企業もある。この違いは、危機の最中に生まれるものではない。平時からリスクを相互に関連づけて管理する中で、すでに方向づけられているのである。
【事例4】
たとえば、サプライチェーン上の人権リスクをみてみよう。人権デューデリジェンスの結果、主要な仕入先で児童労働のリスクが確認されたとする。この論点をサステナビリティ部門の開示課題として処理するだけでは、経営との接点は限定的になりがちである。
しかし、その仕入先が売上の2割を占める製品の中核部材を担っている場合、話はまったく変わってくる。取引を継続するのか、見直すのか。その判断は事業戦略そのものに直結する。代替調達にかかるコストやリードタイム、取引停止が業績に与える影響、さらには開示のタイミングまで含めて、経営会議で統合的に議論できているかどうか。このあたりが、ESGリスクが本当に経営に結びついているかどうかの分かれ目になる。
2.4 「つなぐ」発想は企業規模を問わない
もっとも、ここで紹介したのは大手企業の事例である。ただし重要なのは、企業規模そのものではなく、考え方の一貫性だ。リスクを個別のテーマとして切り出すのではなく、経営判断、事業継続、危機対応を一連の流れとして設計できているかどうか。この発想は、中堅・中小企業や公共組織にも十分に当てはまる。むしろ、組織がコンパクトであるほど、部門横断の連携や意思決定の一元化は進めやすい面もある。
3. リスクマネージャーの使命は「分断をつなぎ直す」ことにある
ここまで見てきたとおり、リスクマネージャーの役割は比較的明確である。それは、社内に点在するリスク管理の仕組みから共通項を見いだし、それらを経営の意思決定につながる形に再構成することである。
ERM、BCP/BCM、サイバー、ESG、コンプライアンス、人権、サプライチェーン対応など、多くの場合、制度や対策そのものはすでに存在している。ただ、それぞれが互いにつながっていない。重要リスクを、経営判断に直結する視点でBCP/BCMに落とし込む。サイバーやESGの論点も、サプライチェーンのように横断的に整理する。有事においては初動判断と対応を支える役割も担う。
リスクマネージャーは、このような架け橋を担う司令塔といっていい。
| ・もしリスク管理が分断されているなら、それをつなぎ直す。 ・もし意思決定の空白があるなら、それを埋める。 |
リスク管理の本質は、ここに尽きる。
制度や対策を増やすことではない。社内に散らばったリスク管理を、経営につながる一本の線に結び直すことだ。
「つなぐ・つながる」リスク管理。それを実現できた企業は、危機の瞬間に真の強さを発揮できるだろう。
リスクマネージャーの養成に関するご相談
経営リスク、組織、ガバナンスに関するご相談
参考文献
[1]WORLD ECONOMIC FORUM「Global Risks Report 2026」:https://jp.weforum.org/publications/global-risks-report-2026/
[2]三菱電機株式会社『統合報告書2025』:https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/pdf/2025/integrated-report2025-jp.pdf
[3]日本電気株式会社(NEC)『サイバーセキュリティ経営報告書2025』:
https://jpn.nec.com/sustainability/ja/pdf/csr2025j.pdf
[4]株式会社みずほフィナンシャルグループ『人権レポート2025』:
https://www.mizuho-fg.co.jp/sustainability/social/human/solution/pdf/report_2025.pdf
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