DEI(Diversity Equity & Inclusion)の取組みが企業のコンプライアンス推進に与える影響(2025年5月28日掲載)

コンプライアンス NEW

2025年5月28日

GRCコンサルティング部
危機管理・コンプライアンスグループ

上級コンサルタント

梶尾 詩織

1.DEIの取組みが企業のコンプライアンス推進に与える影響

多様性を尊重し(Diversity:ダイバーシティ)、公平な機会を得られるよう配慮や支援を行い(Equity:エクイティ)、排除されることなく受け入れられ活躍できる環境を築く(Inclusion:インクルージョン)、Diversity, Equity & Inclusion(以下、DEI)に取り組む企業が増えている。

アメリカにおいては反DEIの動きも見られているが、取組みを縮小した企業も、決して多様性の重視そのものを否定するのではなく、極端な取組みを是正したものとされている。

また、日本企業においては、行き過ぎた取組みとまで言えるほどDEIが浸透しているとは言えず、今後もDEIに取り組むべきだろう。しかし、DEIは、イノベーションの推進や人材採用戦略の観点から語られる場面が多く、経営や人事の担当者以外にとっては「やらなければいけないとはわかっているものの、必要性についてあまりピンと来ていない」こともあるのではないだろうか。

本コラムでは、企業のコンプライアンス推進は役員・従業員全員で取り組む必要があるという前提のもと、DEIがコンプライアンス推進に与える影響について述べる。

企業による組織的な不祥事が発生すると、調査報告書が公開されることがあるが、これらの報告書で共通して語られる不祥事の要因として、企業の「組織風土」が挙げられる。組織風土が良好ではない企業は、次の①から③のどこかの段階で情報が止まってしまい、適切に対応されない例が散見される。

① 従業員などが問題(不正やハラスメントなど)を発見する
② 問題を発見した従業員などが報告する
③ 報告を受けた管理職や役員などが適切に対応する

例えば、①の段階でその不正などが職場において当たり前になっていて気づかない、②の段階で問題を指摘することがそもそも許されないと思ってしまう、報告することで余計に仕事が増えると感じて、見て見ぬフリをしてしまうなどが背景にある。

また、③の段階で、従業員からの報告や内部通報が適切に対応されることなく、ひどい場合には情報が握りつぶされたりして、現場の従業員の声が十分に届かず改善に至らないこともある。 このように、不祥事の発生までには、複数の段階で問題を改善する機会がある。

しかし、不祥事を起こしてしまう企業は、問題の情報が報告として上がってこないばかりか、上がってきた報告に管理職や役員が適切に対応できず、改善の機会を活かせていない。 では、改善の機会を活かすためにDEIの取組みが貢献できることは何だろうか。

①「現場の従業員が問題を発見する」段階

同じ職場に長くいて同じ仕事を続けていると、他社や他の業界では行われないようなことを、いつの間にか当たり前のことだと思い込むことがある。実際、契約や取引慣行が違う業界に転職し、驚く人は多い。また、同じ業界内での転職や社内異動であっても、それまでと違う文化にギャップを感じることもある。このように、自分の職場では常識であっても、他ではそうとは言えないことは多数存在する。

新人を採用したり、異動者が来たりすると、それぞれが持つ「職場の常識」に疑問を呈されることがある。つまり、職場に「長く同じ仕事をしている人」と「新しく仕事を覚えようとしている人」が存在するという多様性が生まれると、「職場の常識」が疑われるようになり、そこに見直す機会が生まれる。それが不祥事に繋がることであれば、問題が発見される可能性が高まる。

②「問題を発見した従業員などが報告する」段階

「職場の常識」への疑問として、せっかく報告されたことを「いつもやっていることだから」、「これがこの職場のやり方だから」で片付けてしまってはいないだろうか。実際には問題のない場合もあるが、報告された側は、一度立ち止まって考える必要がある。場合によっては、報告された事項が社外からどう見られるかを考え、対応を検討する必要がある。報告が適切に取り扱われれば、見て見ぬフリをする従業員は減少する。職場に多様性があるだけでは何も変わらない。多様な意見を受け入れることが必要なのである。

③「報告を受けた管理職や役員などが適切に対応する」段階

特に上層部による判断において、集団浅慮(しゅうだんせんりょ:グループシンク)という言葉がある。簡単に言うと、優秀な人たちが集まっても、集団になると愚かな意思決定を下してしまう現象を言う[1]

凝集性(ぎょうしゅうせい:集団そのものがそのメンバーを引きつけ、その集団への帰属を動機づける度合い)が高く、その組織が孤立している、不公正なリーダーシップが存在するなど、意思決定の組織自体に問題がある場合、引き金となる状況(外部から強いストレスを受けるなど)において集団浅慮が見られ、意思決定をするメンバーに同調行為が起こり、判断に失敗すると言われている。

具体的には、役員会議が同質性の高いメンバーで構成されており、外部の意見を受け入れようとせず、リーダーである社長がワンマン的に振る舞い、他の役員が「社長の意向には逆らえない」と感じているような状況では、いわゆる「集団浅慮」が起こりやすくなる。

集団浅慮の結果、社長の判断を深く議論することもなく実行してしまい、世間の感覚との大きな乖離が見られた、という話をよく聞くのではないだろうか。多様性がなく同質性の高いメンバーで構成される集団は、意思決定の際にそれだけで危険をはらんでいるのである。

集団浅慮を防止するためには、公正なリーダーシップのもと、意思決定の際に批判的な意見を求めたり、サブグループを作って討議したりするなどの対策が考えられる。また、メンバー以外の外部専門家や適任者を議論の場に加え、異論を言うよう促すことなども工夫として挙げられている。つまり、集団浅慮を防ぐためには、そもそも意思決定機関を多様なメンバーで構成するか、もしくは意思決定の際に外部から多様な意見を取り入れることが求められる。

以上、コンプライアンス推進について、現場の従業員などからの意見を吸い上げ、早期に対応することで不祥事を小さな芽のうちに摘み取ることに主眼に置いて、DEIに取り組む意味を述べてきた。

コンプライアンスに関するアンケートやヒアリングを通じて近年特に思うことは、現場の従業員の方々は皆、大変まじめで、コンプライアンスを重要に思い、真摯に取り組もうとしている、という点である。

しかし、報道にも見られるように、せっかく改善のために上げた声が役員まで届いていない例が多い。自分の働いている会社で不祥事が起こると、そこで働く従業員のモチベーションは下がってしまう。そのようなことなく、疑問や職場の改善に関する報告が適切に上がり、上がってきた報告を受け止め適切に対応するための仕組みづくりを、企業には求めたい。その手段の一つがDEIである。コンプライアンスも自分ごととして取り組んでいただきたいが、DEIについても同様に主体性を持って進めてもらいたい。

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[1] アーヴィング・L・ジャニス「集団浅慮 制作決定と大失敗の心理学的研究」(新曜社、2022年5月)

梶尾 詩織

GRCコンサルティング部
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