中東の地政学クライシス:12日間戦争から読み解く核拡散の脅威と企業の安全対策(2025年9月22日掲載)

2025年9月22日

クライシスマネジメントコンサルティング部
グローバルクライシスグループ

上級コンサルタント

加藤 晋平

中東の地政学クライシス:12日間戦争から読み解く核拡散の脅威と企業の安全対策(2025年9月22日掲載)

1.はじめに:12日間戦争が示す中東の地政学的リスク

2025年6月に勃発した「12日間戦争」は、中東地域における地政学的なリスクが現実のものとして顕在化した象徴的な事例である。イスラエルとイラン間の軍事衝突は、核拡散のリスクを浮き彫りにし、企業の海外事業に深刻な影響を与える可能性を示唆した。本コラムでは、この12日間戦争の分析を通じて、中東の地政学的リスク、核拡散の脅威、そして企業が講じるべき安全対策について解説したい。

2.12日間戦争の概要:エスカレーションと停戦の舞台裏

2025年6月13日未明、イスラエルがイランの核関連施設等への攻撃を実施したことから、事態は急展開した。イランは報復を表明し、アメリカも軍事介入を示唆するなど、衝突はエスカレートの一途を辿った。弊社では、顧客企業への注意喚起を目的とした緊急プッシュ情報を発信しており、当時弊社が想定した最悪のシナリオは以下の通りであった。

弊社想定シナリオ

アメリカの攻撃によってイラン国内が戦闘支持に傾く

イランが周辺中東諸国含めて米軍関連施設等を攻撃する

静観していた周辺中東諸国が対イラン行動(戦闘参加)に出る

紛争が中東地域全体に拡大する


幸い、24日のトランプ大統領による突然の停戦発表、そして25日の停戦発効へと事態は展開し、最悪のシナリオは回避されたものの、この事実は、中東情勢がいかに不安定であり、一瞬にして状況が変化する可能性があるかを示している。

3.イスラエルとイランの確執:歴史的背景と核開発疑惑

イスラエルとイランの関係は1950~60年代には良好だったが、1979年のイランでのイスラム革命を機に決定的に悪化した。

イランの親米政権が打倒され、イスラエルを「敵」と見なす強硬なイスラム主義体制が確立されたのだ。

その後、2002年にイランの核開発疑惑が浮上したことで、両国の確執はさらに深まった [1]

共通の友好国であったアメリカとイランの関係では、1979年のアメリカ大使館人質事件が、両国間の不信感を増幅させる要因となった [2]

4.中東諸国のジレンマ:地政学的な制約とパレスチナ問題

今回の武力衝突は、中東の地政学的な複雑さを如実に示している。中東地域は、イスラエルとイランの対立、そしてイランとサウジアラビアの対立という二つの主要な軸で動いている。

エジプト、ヨルダン、UAE、バーレーン、クウェート、イラク、トルコ、カタール、オマーン、レバノン、シリア、イエメンといった周辺中東諸国は、それぞれの国益や思惑に基づき、複雑なバランスを取りながら外交を進めている。

 

これらの国々は、イラン・イスラエル(および背後のアメリカ)との関係、そして長年未解決のパレスチナ問題の間でジレンマを抱えており、それぞれが抱える背景事情で下記の3つの類型に大別できよう。

中東諸国のイラン・イスラエル(および背後のアメリカ)との関係・背景事情による分類

A イスラエルやアメリカと友好的、あるいはイランに対する警戒心を有する国:
サウジアラビア、エジプト、ヨルダン、UAE、バーレーン、クウェート、イラク
B 全方位外交を主軸とする国:
トルコ、カタール、オマーン [3]
 C  内戦などの国内事情により軍事力が限定的な国:
レバノン、シリア、イエメン


類型BあるいはCに分類される国は、その方針あるいは国内事情からいずれかに与するという身動きの取れる情勢にはなかった。
また類型Aのような反イラン行動に誘因のある国々であってもパレスチナ問題では二国家共存を支持しているためガザ地区での侵攻を強めるイスラエルに与することはできなかった(この点は類型B・Cの国も同様 [4])。

 

イランによるカタール米軍基地への攻撃は、身動きの取れない周辺中東諸国に反イラン行動を正当化する口実を与えかねない、衝撃的な出来事だった。それでも周辺中東諸国が戦火に加わらなかった背景にはパレスチナ問題があると思われる。パレスチナ問題は、70年以上未解決のままであり、中東各国の意思決定に大きな影響を与え続けている。最近のフランスとイギリスによるパレスチナ国家承認の動き [5]は、アメリカの孤立を招き、中東情勢をさらに不安定化させる可能性がある。そのアメリカは自身が推進するアブラハム合意に他の中東諸国も参加すべきとしているが、パレスチナ問題が混迷している現状での参加はすなわちパレスチナへの裏切りと解釈されるために極めて困難であろう。

 

5.核拡散の時代:イランの核開発とポスト・トランプ時代

12日間戦争は、核拡散のリスクを改めて浮き彫りにした。トランプ大統領は、今回の軍事介入によってイランの核開発を数年遅らせたと主張したが、ロシアのメドベージェフ前大統領はいくつもの国がイランに核兵器を渡す用意があると述べたほか、イランはIAEA査察官をすべて撤退させた。核兵器の拡散は現実的な脅威として存在している。

 

核戦力を持たないイランへの攻撃と、ウクライナ侵攻でロシアを支援する北朝鮮の放置という対比から各国指導者が自国の防衛に何が必要であると見るかは明らかだろう。トランプ大統領の近視眼的な政策の数々は彼の任期中の成果にばかり気を取られているようだが、彼が去った後の世界では核拡散の脅威が増大する可能性がある。

6.企業が取るべき安全対策:リスクを最小化するために

中東における地政学的なリスクは、企業の海外事業に大きな影響を与える可能性があるため、企業は以下の安全対策を講じることで、リスクを最小化する必要がある。

企業が取るべき安全対策

●現地情報の収集と分析

1.現地の政治・経済・社会情勢に関する情報を継続的に収集し、分析を行う

2.現地の治安状況、テロリスク、紛争リスクに関する情報を収集する

3.専門家や現地情報源との連携を強化する

●リスクアセスメントと対応策の策定

1.収集した情報に基づき、危機シナリオのイメージを描く

2.自社の事業に影響を与える可能性のあるリスクを特定し、評価する

3.リスクに応じた対応策(予防策、緊急時対応策)を策定する

●緊急時対応計画の策定と訓練

1.緊急時対応計画(事業継続計画や退避計画)を策定し、従業員への周知徹底を図る

2.避難経路、連絡体制、安否確認方法などを明確にする

3.定期的な訓練(避難訓練、通信訓練、情報収集訓練など)を実施し、対応能力を向上させる

7.おわりに:不確実な時代における企業の安全を守るために

中東情勢は常に変動しており、企業は地政学的なリスクを常に意識し、適切な安全対策を講じる必要性に迫られている。

弊社(クライシスマネジメントコンサルティング部)は、企業の海外安全管理を支援するため、リスクアセスメント、BCP策定支援、海外安全対策研修などを提供している。貴社の安全を守るために、ぜひご相談いただければ幸いである。

企業の海外安全管理に関するご相談

参考資料

[1]NHK, “イスラエルとイラン なぜ対立しているの?”, NHK国際ニュースナビ,    

https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/qa/2022/05/29/21871.html(アクセス日:2025年9月1日)

[2]NHK, “「数日で終わるはずが…」前代未聞の大使館占拠なぜ起きた?”, WEB特集, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250529/k10014819941000.html(アクセス日:2025年9月1日)

[3]外務省, “中東”, 地域別インデックス(中東), https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/middleeast.html(アクセス日:2025年9月1日)

[4]笹川平和財団, “ガザの復興からパレスチナ国家樹立を目指すアラブの外交努力は実るのか”, 国際情報ネットワーク分析, https://www.spf.org/iina/articles/mizuguchi_28.html(アクセス日:2025年9月1日)

[5]BBC, “【解説】 「パレスチナ国家の承認」とは何を意味するのか”, BBC NEWS JAPAN, https://www.bbc.com/japanese/articles/c890xqnd3p1o(アクセス日:2025年9月1日)

加藤 晋平

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