GPIFの「ESG活動報告」から見るESG投資の課題

ESG/CSR/環境

2023年9月22日

リスクマネジメント事業本部
サステナビリティ部 ESGグループ

上席コンサルタント 証券アナリスト

村形 真樹子

2023年8月、年金積立金管理運用独立行政法人(以下「GPIF」)は、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する取組みとその効果について取りまとめた「2022年度 ESG活動報告」を公表した。今回で6度目となる本報告は、ステークホルダーに向けた取組み内容の報告、運用会社や投資先企業へのESGに関する取組みの参考、ESG投資のPDCAサイクルを回すこと、を目的に実施されている。2022年度は、ESGに関する取組みとして、「指数会社・ESG評価会社へのエンゲージメント」「委託先運用会社によるエンゲージメント」「投資におけるESG及びSDGsの考慮に係る俯瞰研究」[1] や「TNFD分析の試行的な実施」[2]等について取りまとめるとともに、採用ESG指数のパフォーマンスの要因分解やESG評価間の相関分析等のESG投資の効果測定等について報告している。

 

報告書の中で、GPIFは、2017年度に国内株式を対象とした「ESG指数」を採用して以降、指数会社・ESG評価会社のESG評価手法の改善に向けた対話を積極化していると記載している。「ESG指数」とは、企業が公開する非財務情報等をもとに、指数会社・ESG評価会社が企業のESGへの取組みを評価し組入銘柄を決定する投資指数を指す。このESGの評価について、ESG評価機関における評価にバラツキがあることが、多くの理論的研究で指摘されている [3]。この評価のバラツキに関しては、各評価機関の価値観や評価基準の多様性が影響しているとする議論が存在し、また評価の根幹となるESG関連の情報開示の制約等についても一部で指摘されている。GPIFは、代表的なESG指数会社であるFTSE社とMSCI社のESG評価についてESG評価の相関を2016年度より計測しており、報告書では、近年その相関が上昇していることが示されている [4]

 

図表1 FTSE社とMSCI社のESG評価の相関係数の推移(日本企業)

(出典)GPIF ESG活動報告2022より当社作成

 

ここでは、日本企業についてその相関を見てみると(図表1)、E(環境)のスコアに比べて、S(社会)・G(ガバナンス)のスコアの相関が低い、もしくはほぼ無相関であることが見て取れる。企業の開示情報からスコアが付与されていることを鑑みると、日本企業におけるESG関連情報の開示は年々進展しているものの、比較的開示データの可用性が高く、国際的なガイダンスも先行して浸透しているE(環境)スコアに比べて、特にS(社会)については、企業の開示状況や評価の判断基準が相対的に未成熟であること等がスコアの相関にも影響していると推察される。

 

企業のESG関連の情報開示において、グローバルでは2024年の「IFRSサステナビリティ開示基準」の適用に向けてISSB(International Sustainability Standards Board、国際サステナビリティ基準審議会)がESG開示体系の整備を主導し、日本においてはSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan、サステナビリティ基準委員会)が国内の基盤整備を進めている [5]。また、2023年1月に公布・施行された改正「企業内容等の開示に関する内閣府令」[6]を受け、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等への記載項目として、人的資本・多様性に関する開示が求められることになる。情報開示の充実や開示基準の統一化が進めば、上述のESG評価間のバラツキも一定程度収斂していく可能性があろう。

 

一方で、金融庁が2022年12月に公表した「ESG評価・データ提供機関に係る行動規範」[7]では、ESG評価の多様性に関して、「評価の目的、考え方、基本的方法論等を明らかにすることが重要であり、これらに沿った評価が行われている場合には評価結果が機関によって異なることは必ずしも問題ではない」として、規範の原則4に「透明性の確保」を掲げ、評価のメソドロジー(方法論)について十分な開示を行うべきと提言している。「脱炭素」「人的資本」「生物多様性保全」等、企業の考慮すべき社会課題が拡大する中、透明性が確保され、納得感が得られる評価機関の基準が明示されれば、ESGに関する意思決定を合理的かつ効果的に行うための重要なガイダンスともなり得、企業が自社のESGの取組みに関する情報開示を向上させる動機付けを得る可能性もある。

ESG投資に関して、上記で示した内容を含め、いくつかの課題が存在し、それが政治的な背景も含めて近年の米国を中心に高まっている「反ESG」の動きにも影響していると考えられる。主なものについて、以下に記載する。

 

①ESG投資のリスクとリターンの関連性の不透明さ

ESG投資がリスク・リターンのパフォーマンスにどのように影響するかについて、未だ一般的な共通の理解が不足している。一部の投資家がESGを考慮することでリスクを低減し、リターンを向上させると信じていても、他の投資家ではその効果に疑念を抱いている状況がある。

②ESG情報の価値と信頼性の評価

ESG情報は企業の非財務情報であり、その価値と信頼性についての評価が容易ではない。一部の情報は企業によって異なる形で報告され、評価機関によって異なる評価が行われるケースも存在する。

③「優れたESGの取組み」の定義の不明瞭さ

ESGの「優れた取組み」という根源的で本質的な問題について、明確な基準や指針が確立していない状況で、どのようなESG指標が重要で、どのような取組みが真に持続可能性を向上させるのかについて、未だ一般的な合意が得られていない。

 

運用資産200兆円を超え、100年に及ぶ運用期間を設定するGPIFでは、長期的な視点からESGに取り組む重要性を認識しESG投資を推進している。上述したように、ESG投資にはいまだ解決すべき課題が存在するものの、GPIFを含めた投資界全体がこれらの問題に取組み、持続可能な投資が進化し成熟していく過程で、ESGの重要性や付加価値がよりクリアとなってくると考える。我々も、ESGへの取組みが持続可能な未来に資するとする信念をもち、課題解決に向けて努力していきたい。

 

 


 [1] GPIF,「ESG活動報告2022」,p39-40, https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/2022_esg.html

  (アクセス日2023/9/15)

  ESG及びSDGsを含むサステナビリティ分野における投資のパフォーマンスに関する既存の学術研究において、

  国内外の代表的な論文について、その概要を広範に調査し、全体像を把握することを目的に実施

[2] GPIF,「ESG活動報告2022」,p83-89, https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/2022_esg.html

 (アクセス日2023/9/15)

  国際的イニシアチブ、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures,自然関連財務情報開示タスクフォース)

  のフレームワークに沿って自然関連のリスクと機会について試行的に分析

[3] 理論論文の事例: Chatterji et al.(2016)、Berg et al.(2022)、 等

[4] GPIF,「ESG活動報告2022」,p54, https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/2022_esg.html

 (アクセス日2023/9/15)

[5] ISSB: https://www.ifrs.org/   SSBJ: https://www.asb.or.jp/jp/ (アクセス日 2023/9/15

[6] 金融庁,「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について

  https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230131/20230131.html (アクセス日 2023/9/15

[7] 金融庁,「ESG評価・データ提供機関に係る行動規範」の公表について

  https://www.fsa.go.jp/news/r4/singi/20221215/20221215.html (アクセス日 2023/9/15

村形 真樹子

リスクマネジメント事業本部
サステナビリティ部 ESGグループ

上席コンサルタント 証券アナリスト

このコンテンツの著作権は、SOMPOリスクマネジメント株式会社に帰属します。
著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、SOMPOリスクマネジメントの許諾が必要です。
※コンサルタントの所属・役職は掲載当時の情報です。

ESG経営・情報開示に関するサービスのお問い合わせ