同じ名前に潜むリスク マイナトラブルから患者誤認防止を考える

医療・介護

2023年6月20日

リスクマネジメント事業本部
医療・介護コンサルティング部

企画・支援グループ
主任コンサルタント

関 悠希

マイナンバーカードをめぐるトラブルが相次いでいる。マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」では、同姓同名の別人に紐づけされていたケースもあったという。

同姓同名や同姓は、エラーを招きやすい。医療機関においても、これらは患者誤認の要因になりやすく、あらゆる作業において留意すべき点として扱われているが、今回のマイナ保険証の報道を受け、同姓同名や同姓に起因した患者誤認がどれほど起きているかを、調べてみた。

 

参考にしたのは、日本医療機能評価機構が公表している医療事故情報およびヒヤリ・ハット事例 [1](以下「データ」という。)である。2010年から2021年までの12年分のデータ上、同姓同名や同姓が患者誤認を誘発したと思われる事例[2]は169件(患者が「同姓同名」のケースが10件、「同姓」のケースが159件)、うち165件が発生要因について「確認を怠った」と報告している[3]。「確認を怠った」ことが誤認の要因であるため、改善策としては、“手順を守ることで確認を実施する”といった内容が多い。

 

ここで目を向けたいのが、「確認を怠った」状況である。データの「発生要因_ヒューマンファクター」の項目で「勤務状況が繁忙だった」を選択したもの、つまり繁忙が確認不足につながったとした事例が45件あった[4]。それ以外にも、事例の発生状況では、「急いでいた」「焦っていた」といった記述が散見された。医療機関では複数の作業を並行して進めることが常であり、「勤務状況が繁忙だった」を選択していない場合でも、迅速に業務をこなさなければならない状況は少なくなかったと思われる。

 

手順を守ることは前提だが、それが現場の実態に即した内容になっているか、検証する必要があるだろう。例えば、エラーを発見するためにダブルチェックが導入されているケースは多いが、ダブルチェックを2人で実施する場合は人手も時間も要するため、むやみに実施するのは非効率である。1人で実施するダブルチェック[5]やシングルチェックに、置き換えが可能かどうか検討するのも一つだ。なお、データ上では、ダブルチェックを実施しながらも、患者誤認が発生した事例が10件あった。ダブルチェックを導入する場合には、有効なダブルチェック[6]となっているか併せて検証したい。

また、確認は照合作業である。手順では、「何を何と照合することで患者確認ができるのか」[7]が記載されている必要がある。改善策では、“6R[8]を徹底する”、“6Rを確認する”といった記述もみられたが、実施すべきことを明確に分かりやすく示すことが重要だ。

 

患者側にも誤認防止に協力をお願いしたい。よくある話だが、「○○さんですね?」などと、一方的に医療者が名前を確認し、(恐らく患者の聞き違いや聞こえにくさ等が原因と思われるが)違っているのに患者が「はい」と返事をしてしまうケースが、データ上も幾つかあった。患者に氏名を名乗って貰う工程は、手順に加えるべきであり、併せて生年月日も告げて貰えば、患者確認の正確性は増すこととなる[9]。患者自身が名乗ることが困難な場合は、リストバンドや診察券等で確認する。外来の場合、首から診察券を下げられるホルダーを患者に着用して貰っている医療機関もある。

なお、患者から間違い等を指摘され、患者誤認が発覚したケースが複数みられた(「こんな注射したことない」と言われた/「違う患者の名前が書いてあった」と言われた等)。誤認防止には、患者に名乗って貰うほか、患者と一緒に対象物や処置内容を確認するなど、可能な限り患者と協働することが望ましい。

 

手順を守っていたにも関わらず、患者誤認が発生したケースもあった。予期せぬヒューマンエラーも想定し、エラー防御策を幾重にも施すことが不可欠だ。ごく基本的なことであるが、具体的な例を以下に挙げたい。

 

 ●同姓(同名)の患者はできるだけ病室、病棟を分けて管理する

  → やむを得ず同室になった場合でも、配薬車の上では薬を同時に置かないなどの工夫をする。

    データでも配薬車の上での取り違いが目立った。

 ●患者名を記載して使用する物品には、フルネームを記載する

  → 薬杯や母乳に名字しか記載せず、取り違えた報告もあり、名前を記載する貼付するものはフルネームを基本とする。

    また、その際は、転記ミスがないよう、手書きではなくシステムから印字されたものを使用するのがよい。

 ●同姓(同名)の情報を共有する、同姓(同名)のアラートを出す[10]

  → 申し送り時等に共有するほか、電子カルテや配薬ボックス、ナースコール等に「同姓(同名)」と表示したり、

    同姓(同名)患者の存在を示すシールを貼ったりするなどし、注意を促す[11]。「情報が共有されていたのに、

    与薬等の場面では失念していた」といったケースもあり、直接視覚に訴えるアラートは、そのような場合にも

    効果的である。

 

患者を正しく認識できないことは、安全体制の根幹に関わる問題となる。マイナ保険証に関しては、先日、厚生労働大臣が誤登録問題を受け、保険者に登録方法の点検を要請することを表明したが、同姓(同名)事例に限らず、患者誤認に頭を悩ます医療機関においても、患者確認の方法を一度見直してみてはどうだろうか。

 

 


[1] 医療機関(法令により医療事故の報告をすることが義務付けられている報告義務対象医療機関および任意参加の
   参加登録申請医療機関(2023年3月31日時点で1,631施設))から医療機能評価機構に報告された事例が閲覧できる 
   (2023年6月7日時点で2010年から2021年に報告された事例が公開)
   https://www.med-safe.jp/contents/report/report.html(アクセス日:2023-6-14)

[2] 医療事故情報およびヒヤリ・ハット事例における「事例の内容」で「同姓同名」「同姓」「同じ名前」「同じ氏名」等の
   単語検索でヒットしたうち、記載内容から判断した。

[3] データの項目のうち、「発生要因_当事者の行動に関わる要因」で「確認を怠った」を選択しているもののほか
   (複数の発生要因を選択しているものも含む)、「事例の背景要因の概要」で確認を怠った旨を記載しているものを
   カウントした。

[4]複数の発生要因を選択しているものも含む。

[5]時間を置いて再度確認する、照合の順序を変えるなど。

[6]チェック依頼者が口頭で読み上げるものをチェック者が目視する、といった工程は、
   単に1つの作業を2人で分担しているに過ぎない場合がある。ダブルチェックとして実施している場合は見直したい。

[7] 点滴ラベルの名前とベッドネーム、薬包の名前とネームバンドなど。

[8]安全に与薬をする際の行動原則で、次の6つの正しいこと(Right)を意味する。正しい患者(Right Patient)、
    正しい薬剤(Right Drug)、正しい目的(Right Purpose)、正しい用量(Right Dose)、正しい用法(Right Route)、
    正しい時間(Right Time)

[9]国際的な医療機能評価機構であるJCI(Joint Commission International)では、国際患者安全目標として
    2つの方法を用いた患者確認を掲げている。

[10]同姓同名には以下の3つのパターンがある。①のパターンに注意するのはもちろんのこと、②、③でも同姓同名と認識し、
    確認時は留意することが求められる。

   ①カナと漢字が同じ…ヤマダカズオ・山田和夫

   ②カナが同じで漢字が異なる…ヤマダカズオ(山田一夫/山田一男)

   ③漢字が同じでカナが異なる…山田一雄(ヤマダカズオ/ヤマダカズヒロ)

[11]一部の職種にしか共有されていなかったり、応援にきた職員に共有されておらず、周知が中途半端であったケースもあり、
   情報は関係者全員に行き渡るようにすることや、電子カルテが閲覧できない部門における情報の共有方法も
   検討することが必要である。

関 悠希

リスクマネジメント事業本部
医療・介護コンサルティング部

企画・支援グループ
主任コンサルタント

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