VUCA時代の企業価値向上――サステナビリティ戦略と情報開示

ESG/CSR/環境

2022年11月8日

リスクマネジメント事業本部
サステナビリティ部 ESGグループ

上席コンサルタント 証券アナリスト

村形 真樹子

2022年8月、経済産業省が主導するSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)研究会は「伊藤レポート3.0(SX伊藤レポート)」と「価値協創ガイダンス2.0」(図表1)を取りまとめた。これらでは、SXを「社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを「同期化」させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)」と整理して、サステナビリティへの対応は、「企業が対処すべきリスクであることを超えて、長期的かつ持続的な価値創造に向けた経営戦略の根幹をなす要素」であると示した。そのうえで、「SX」の実現を通じた企業価値の向上と社会の持続可能性の向上に取り組んでいくことが「待ったなしの状況」と指摘している。

一方で、企業を取り巻く社会環境は、新型コロナウイルス感染症の拡大や未曾有の自然災害の増加、ウクライナ情勢等にも見られる世界秩序の不安定化など、一段と不確実性を増している。将来の見通しが不明瞭な、いわゆるVUCA時代[1]において、企業価値の判断材料となる情報、とりわけ非財務情報やサステナビリティ関連情報の開示は、近年益々重要性が高まっている。ここでは、企業価値向上の観点からの「情報開示」について言及する。

 

図表1「伊藤レポート3.0SX伊藤レポート)」と「価値共創ガイダンス2.0

(出典)経済産業省,サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)取りまとめ[2]

 

企業価値(図表2)は、一般に将来的に生み出されるフリーキャッシュフロー(企業が生み出す利益の中で資金提供者に自由に配分できる利益)の現在価値の総和として捉えられ、企業価値の向上には、分子であるフリーキャッシュフローを高めることとあわせて、分母である割引率を低下させる努力も必要である。割引率とは、図表2に記載の通り、将来の価値を現在の価値に換算するための利率である。ここで示す割引率は、資本コストを指し、企業側からみた負債や株主資本の資金調達に伴うコストであると同時に、資金提供者側からみた出資額に対するリスクに応じた見返りを意味する。将来にかけて生み出される価値は、現時点では不確実なものであり、この不確実な要素が大きいほど、割引率である資本コスト、すなわち見返りの要求は高くなり、計算式に示される通り、企業価値は小さくなるのである。

図表2 企業価値について

(出典)各種資料より当社作成

 

そこで重要になってくるのが「情報開示」である。上述したように、割引率である資本コストは、将来の価値(図表2ではフリーキャッシュフローにより推計)の見積もりの不確実性を反映することから、「情報開示」により不確実性を緩和できれば、企業価値算出にあたっての分母を低下させる有効な手段となる。実際に、企業価値の評価における資本コストと情報開示の関係性については、既に多くの理論的研究によりその有意性(マイナスの相関)が示されている[3]。すなわち、優れた情報開示、特に将来の価値の推計に有用な非財務情報やサステナビリティ関連情報の開示は、企業の将来の価値に対する信頼度を高め、割引率である資本コストの低下を通じて、企業価値を向上させうるのである。

 

では、具体的にどのような「情報開示」が企業価値向上につながるのか。資金提供者である投資家は、マクロ的な要素や、企業の属する業界・個別の要素など、財務・非財務の両面から総合的に企業の将来的な価値について認識しようとする。例えば、企業が自社を取り巻く事業環境の重要課題について認識し、それを「リスク」「機会」として開示することで、投資家は潜在的な事業リスクに対する企業の対応力を確認する。また「長期的かつ持続的な価値創造」モデルに説得力があるものであれば、企業の成長シナリオに対する信頼性を高める。更に、こうしたESGを含めた非財務情報と財務情報を統合的に意識した経営戦略を開示することが、経営者のコミットメントも含意すると受け取られ、安心感に繋がる。冒頭に提示した「価値協創ガイダンス2.0」を、情報開示のフレームワークとして活用することも有用だろう。

 

世界的なESG投資の拡大やサステナビリティに関する議論の深化は、企業経営の在り方に影響を与えている。本コラムでは、企業価値向上の一環として、主に上場企業を中心とした情報開示について述べたが、サステナビリティに関する取り組みは、当然のこととして、上場企業に留まらない。投資家のみならず取引先や従業員等、多様なステークホルダーとの価値の共有を前提とし、事業変革(SX)を通じた持続的な収益の創出と社会のサステナビリティとの共存は、あらゆる企業にとって、まさに「待ったなし」の課題である。課題解決に向けたサステナビリティ戦略と、その背景の理解を促す情報開示は、VUCA時代における企業価値向上の重要な戦略の一つとなろう。

 


[1] Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉

   4つの不安要素を示すビジネス用語

[2]経済産業省,サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)取りまとめ

    URL:https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/sustainable_sx/20220830_report.html(アクセス日2022/10/25)

[3]先行研究の事例として、Diamond and Verrecchia(1991)、Amihud and Mendelson(1986)、

   日本における研究事例として音川(2000)須田他(2004)等がある

村形 真樹子

リスクマネジメント事業本部
サステナビリティ部 ESGグループ

上席コンサルタント 証券アナリスト

このコンテンツの著作権は、SOMPOリスクマネジメント株式会社に帰属します。
著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、SOMPOリスクマネジメントの許諾が必要です。
※コンサルタントの所属・役職は掲載当時の情報です。

ESG経営・情報開示に関するサービスのお問い合わせ