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東日本大震災から10年、大規模地震に対するBCPの実効性は本当に上がったか? ~震度6強の揺れはもはや想定内。物理的なリスク対策は万全か?~

事業継続(BCM)

2021年1月21日

リスクマネジメント事業本部
BCMコンサルティング部

上席コンサルタント 井上 修一
上席コンサルタント 加藤 康広
主任コンサルタント 犬飼 篤

◆はじめに

20213月で東日本大震災から10年が経つ。

この震災を機に、各企業においてはBCP(事業継続計画)/BCM(事業継続マネジメント)の重要性が再認識され、大企業を中心にBCP策定・見直しの動きが加速した。

2012年度に入るとBCP策定後の訓練を行う企業が増えはじめ、毎年訓練が行われるまでBCM活動が定着している当社のクライアントも多く、好ましい状況といえる。

一方、多くの企業のBCM活動支援してきた立場から、一つの懸念がある。

それは、生産設備等の耐震性が十分に確保されていない先があまりにも多いことである。

BCPの事業継続戦略として同一製品に対する生産拠点を自社で複数持ったり、代替生産体制を敷いておくことが望ましいが、そのような対応をとることが現実的には難しく、被災した拠点を早期復旧するという選択肢しか持てない企業も多く残っているのが現状である。

したがって、一般的な企業(特に製造業)においては、実効性あるBCP(=目標復旧時間以内に生産を再開する)の必要条件は、建物や生産設備等の耐震性を確保し、被害を最小化できることである。これに対して、建物については、耐震改修促進法(平成25年改正法施行)もあり、かなりの割合で耐震性が確保されてきた。

しかしながら、事業継続に必要なユーティリティ設備、生産設備等については、費用、ノウハウの不足等の理由からか、全くと言っていいほど対策が未実施の企業が多い。さらに、対策を実施済みの企業でも、固定強度、方法が不適切であるケースや、施工不良も散見される。モノによっては二次災害につながりうるものもあり、安全配慮の観点からも改善が望まれるものもしばしば発見される。

このような懸念は、その後の熊本地震(2016)、大阪府北部地震(2018)でも顕在化し、多くの企業の工場でも甚大な被害が発生している。

そこで、本稿では、当社の顧問(災害対策アドバイザー)であり、大手自動車メーカーや大手電機機器メーカーをはじめ、長年にわたって企業の設備耐震対策や劣化対策等に携わってきた西田真義氏に、BCP対策としての設備耐震対策の実態についてお話を伺った。


        井上 修一         加藤 康広         犬飼 篤         当社の顧問(災害対策アドバイザー)西田真義

 


井上:
東日本大震災以降、BCPを策定する企業が増えました。事前対策としての設備の耐震化の実態についてどのように感じておられますか?

西田:

東日本大震災、熊本地震等、被災地にあって被害を受けた企業では、設備についても耐震対策を強化しているところが多いと思います。ただ、ここ数十年間震災がないような地域では、残念ながら意識が希薄な企業も多く存在します。

また、東日本大震災等で激震地からある程度離れた場所にあって震度5強、6弱等の比較的強い揺れを受けた地域では、被害がなかったことが安全神話のようになってしまっている印象も受けます。早期復旧を目指すBCPならば、震度6強以上の揺れを想定すべきだし、その場合は震度6弱を念頭にした対策では強度が不十分です。

私の感覚では、生産設備の地震対策がきちんとできている製造業は、一部上場企業であっても1割以下です。

 

 

加藤:

西田さんには、当社のクライアントの工場等においても設備耐震診断を実施していただくことがたくさんあります。近年、設備耐震診断を行っていて、特に気になる、または、各社に共通して言えるような対策の不備等はありますか?

西田:

ズバリ天井裏です。特に、クリーンルームのそれには非常に大きな懸念を抱いています。

東日本大震災では、九段会館(東京)で吊り天井が崩落して死傷者が出ました。それ以前の震災でも天井が落下することはありましたが、人的被害が発生したこの事故が発端となり、一定規模以上の天井を「特定天井」として扱い、脱落対策を講ずること等が建築基準法施行令第393項にて定められました(平成26年施行)。

このため、「特定天井」に該当する施設等では、必要な対策が進んでいます。

一方、それ以外のビル、工場等の天井は、落下の可能性があるにもかかわらず、「特定天井」ではないために対策が殆ど進んでいないのが現状です。

特に、「ふところ」と呼ばれる天井裏の空間が大きければ大きいほど地震で揺れやすく、落下の可能性が高まります。

「ふところ」の大きな施設の代表格が半導体や製薬会社の工場等にあるクリーンルームです。天井裏には空調設備やダクト等がたくさん吊られており、これらの設備も同様に落下の可能性があります。

東日本大震災や熊本地震でもクリーンルームの天井が崩落する被害は実際に起きていて、その後の耐震補強には私も関わらせていただきました。

クリーンルームは、一旦被害を受けてしまうと、その他の一般的な設備と比べて復旧に時間がかかりますから、「特定天井」でなくても耐震補強はすべきです。

また、インフラ企業の防災センターや一般企業の災害対策本部設置室等は、震災時にも執務環境が確保される必要があり、天井や空調が落下するような事態は避けなければなりません。国土強靭化に向けた取り組みの一環として、一部のインフラ企業等からは、天井の耐震診断や耐震補強のご依頼をいただいています。

個人的には、災害拠点病院等にもこのような取組みが必要ではないかと考えています。

 

 

犬飼:

当社のクライアントからは、どのような考え方で設備の耐震対策を行えばよいのかご相談を受けることがよくあります。技術基準として何を適用すればよいでしょうか?

西田:

まず、基本になるのが日本建築センターの『建築設備耐震設計・施工指針』(2014)です。

ただし、消火設備については消防法の関連規定が、高圧ガスについては高圧ガス保安法の関連規定が・・・というように、モノによってはその他の規定を参照する必要があります。

また、明確な技術基準がないようなものについては、他の類似する分野の基準を援用する等の工夫も必要です。

 

 

井上:

過去の震災では基準どおりに対策していても被害が生じた場合もあったと伺いました。

西田:

はい。例えば、天吊り設備(ケーブルラック、ダクト、空調機等)については、現行の技術基準どおりに施工していたにもかかわらず、吊りボルトが外れる等の被害も確認されています。技術基準を満たす対策をしていたのに想定外の被害が生じたので当該基準をアップデートするという動きは、設備に限らず、建物についても何度も行われてきました。よく言われる新耐震基準というのも昭和53年の宮城県沖地震の被害が大きかったことが契機となって改正されたのは皆さんもご存知の事例かと思います。ただし、公的な技術基準の改訂には、業界のしがらみ等も相まって、えてして時間がかかります。したがって、被災事例を教訓としていち早く取り込み、現行の技術基準+αを自社の独自基準として対策を講じることが転ばぬ先の杖と言えるでしょう。

私も基本的には一般的な技術基準をベースに耐震診断をしていますが、過去の教訓を踏まえてさらに強化した対策を行うことをクライアントにはお勧めしています。

 

 

加藤:

設備の耐震化を進めるには、まず何をすればよいでしょうか?

西田:

まずは、現状の対策に不備がないかをきちんと専門家に診てもらうことです。ただ、様々な分野の設備について横断的に診断できる業者や専門家が不足していることもそれを難しくしている要因の一つでしょう。

 

 

犬飼:

設備の耐震性の不備や必要な対策がわかったとして、対策(工事)にあたっては少なからず投資が伴います。

これらを着実に進めるためのポイントは何でしょうか?

西田:

①優先順位をつけて中長期的に取り組むこと、②自社基準を設けることの2つだと思います。

①については、不備について全体像を把握したうえで、まずは損傷すると二次災害につながるような箇所やBCP上重要な箇所から予算をつけて取り組むべきでしょう。単年度予算で行うことが難しい場合も多いと思いますので、中期経営計画に組み込む等、単発で終わらないような仕組みが必要です。

②については、特に複数の拠点を持つ企業にお勧めします。多くの企業では、設備の据え付け方法については業者任せになっており、耐震の観点からは品質のばらつきが目立ちます。自社基準を設けて、耐震対策を設備更新時に考慮すべき一項目とすれば、長い目で見れば自ずと地震に強い工場、延いてはBCPの実効性確保につながります。

西田真義

当社 顧問(災害対策アドバイザー)

2009年日揮株式会社定年退社。以降、当社との業務委託契約に基づき150事業所以上の設備耐震診断業務を実施。

当社の委託業務以外にも、大手自動車メーカーの工場における生産設備耐震診断、大手電機機器メーカーの工場における劣化診断をはじめ数多くの企業の生産設備等の耐震診断、劣化診断等に携わった経験を持ち、現在も数多くの大手企業の災害対策等にかかる顧問を行っている。

リスクマネジメント事業本部
BCMコンサルティング部

上席コンサルタント 井上 修一
上席コンサルタント 加藤 康広
主任コンサルタント 犬飼 篤

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