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ESGリスクの対策と開示を
2018年12月14日
リスクマネジメント事業本部
コーポレート・リスクコンサルティング部
ESGグループ 主任コンサルタント
室田 真希
昨今、ESG投資*1への関心が高まっている。また、財務情報とESG情報を含む非財務情報を統合して開示する統合報告書*2の発行数は年々増加している。当社へのESGに関する問い合わせも増えてきており、その関心の高さが伺える。日本においてESG投資への関心が高まっている理由の一つに、2015年9月に行われた年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による国連責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)*3への署名があると言われているが、本稿では、統合報告書の枠組みが策定された背景を概観し、ESG投資の運用手法(パッシブ運用とアクティブ運用)におけるESG情報に向ける視点の違いを確認することで、ESG情報開示に関する理解を深めていく。
統合報告書の国際的な枠組みとしては、国際統合報告委員会(IIRC:The Internastional Integrated Reporting Council)*4の統合フレームワークがある。同フレームワークは、企業などの組織が、財務資本の提供者(投資家等)に対して、長期的にどのように価値*5を創造するかを簡潔に報告する枠組みである。この国際的な枠組みが策定された背景には大きく3つの流れがあると言われている(図1)。
図1(出典:SOMPOリスクマネジメント作成)
(1)財務的な価値で表現できない目に見えない資産に対する問題意識の高まり
1つ目は、財務的な価値で計測が困難な資産に対する関心の高まりである。財務資本のみならず、経営人材も含む「人的資本」や、技術または知的財産等の「知的資本」、ブランドといった「社会関係資本」についても、企業の競争力を測る上で重要なものと捉える流れが強まっている。
(2)地球環境問題や人権等の社会的な課題に対する意識の高まり
2つ目は、気候変動や水資源といった地球環境問題や、人権問題等の社会課題への意識の高まりである。気候変動の進行による異常気象の増大や、グローバル化に伴うサプライチェーン上の深刻な人権侵害等の課題が表面化したことで、企業活動が社会に与える負のインパクトが広く認識されるようになってきた。これらの社会課題は、もはや国家や国際機関だけでは解決できない状況になってきており、課題解決に向けた企業のあり方に関する議論が高まってきている。そうした流れを受け、国連グローバル・コンパクト*6や国連責任投資原則(PRI)といったイニシアティブが発足し、グローバルな課題の解決に向けた企業や投資家等の行動を促すための国際的な枠組み作りが進められている。2015年9月には持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)*7が国連で採択された。
(3)サステナブルな金融システムを作る重要性の高まり
3つ目は、資本市場の機能を「持続的な社会」の実現につなげる仕組みの重要性の高まりである。企業と投資家による過度な短期主義が招いた世界的な金融危機への反省から、資本市場の機能を「持続的な社会」の実現につなげる仕組み、つまりサステナブルな金融システムの重要性が高まっている。
以上のような3つの流れから、統合報告書の国際的な枠組みが策定され、ESG情報開示への関心が高まってきた。中でも、社会課題への関心の高まりや金融危機への反省から、短期主義の脱却や資本市場自体の持続性確保(資本市場全体のサステナビリティ化)に向け、長期的な視点に立った投資への注目が集まっている。そして、年金基金等の大規模なアセットオーナー*8においては、ユニバーサル・オーナー*9として、長期的なリスク要因となり得るESG等の情報を把握することが重要であるとの考え方が広がりつつある。
しかし、長期的な投資と言っても、その運用手法によって、ESG情報に向ける視点が異なる点に留意する必要がある。運用手法には、パッシブ運用とアクティブ運用の2つがあるが、以下、それぞれにおけるESG情報に向ける視点の違いを確認する。
パッシブ運用は、平均株価や株価指数など株式市場全体の動きと連動することを目指した運用手法である。株式市場全体に投資するため保有銘柄数が多く、個々の企業の開示情報を見て分析することが難しいほか、基本的に株価の下落局面において特定の株式を売却するなどの対応をしないという特徴がある。そのため、スクリーニングにおいては、主に企業の定型的な定量情報*10が必要とされる。パッシブ運用を行う投資家は、企業に対して網羅性のあるESG情報の開示を求め、企業活動に伴う負の外部性(環境・社会問題等)の削減に向けた取り組みや社会課題への対応について確認することで、企業自身と社会の長期的な持続性を保ち、株式市場全体の上昇を目指す。そのため、企業は、ESG情報を定型的な定量情報として網羅的に開示していくことが求められる。開示していない場合には、評価されず、取り組みがないものと同等にみなされかねない。
対して、アクティブ運用は、株式市場平均を上回る超過リターンの獲得を目指す運用手法である。アクティブ運用を行う投資家は、企業のファンダメンタルズ*11を評価するなどし、株式市場において過小評価又は過大評価されている銘柄を見つけ投資することにより、市場平均を上回るリターンを目指す。こうした運用は、株式市場における価格形成、つまりは企業価値の適正価格を割り出す役割があると考えられている。そして、ファンダメンタルズ分析では、一つひとつの企業に対して入念な企業分析を行うため、他社との比較が可能で、経年変化を確認できる定型の定量情報に加え、アニュアルレポートや経営者との面談、企業の説明会などで得る様々な定性情報*12が活用される。なかでもESG情報は企業価値を割り出すために有用であると考えられている*13。彼らにとってESG情報は、企業自身の強みや克服すべき弱み、収益機会やリスクなどを把握することができ、企業の持続性、企業価値に関わるマテリアリティ(重要課題)を知るという観点から有用な情報源となり得る。例えば、企業のSDGsに向けた取り組みは、新たなビジネスを生み出し、目標達成に貢献することで社会の持続性に寄与するとともに、企業自身の持続性を確保する可能性がある。そのため、企業は、企業活動の前提となる環境・社会との関係を把握した上で、ビジネスモデルや事業の存続におけるESGリスクを特定しているのか、自らのビジネスモデルの競争優位を支える経営資源・無形資産等をどのように確保・強化し、それらを喪失するリスクをどのようにマネジメントしているのか等について、方針や体制、KPI*14等とともに統合的に示すことが求められる。
このように投資家サイドが求めるESG情報と一口に言っても、運用手法の違いによって、企業に求めるESG情報は異なってくる。パッシブ運用では、定型的で定量的なESG情報を網羅的に必要とするのに対し、アクティブ運用では、定型的で定量的なESG情報に加え、企業の将来価値を見極める定性的なESG情報を必要とする。しかし、どちらの運用手法であっても、中長期的なリスクを把握するためにESGリスクに関心を寄せている点は共通している。パッシブ運用であれば、企業のESGリスクへの対応が企業活動による負の外部性を低減し、株式市場全体の過度な動き(振れ幅)の引き下げを通じて、株式市場全体の底上げを目指すことができる。アクティブ運用であれば、企業のESGリスクへの対応が企業価値にどうつながるか見極めることで超過リターンの獲得を目指すことができる。企業は、こうした投資家の行動原理を知った上で、ESGリスクに対する対応を着実に進め、その取り組みの透明性を高めていくことが望まれる。つまり、企業は、事業活動が環境や社会にどのような負の影響を及ぼしているのか、また、事業の存続や持続的な成長の阻害要因になり得るESG課題はどういったものかについて、重要なESGリスクを特定し、対策を立てて開示していくことが必要であろう。
- *1 ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字をとったものである。投資先企業の価値を測る材料として、財務情報に加え、気候変動や水資源等の環境問題、労働問題や人権問題等の社会課題、コーポレートガバナンスやコンプライアンス、事業リスクに係る管理体制の整備状況、雇用・人材育成面の施策等、非財務情報であるESG要素を考慮する投資を「ESG投資」という。
*2 統合報告書とは、組織(企業等)が財務資本の提供者(投資家等)に対して、どのように長期に亘って価値を創造していくかを説明するものである。 - *3 国連責任投資原則(PRI)とは、2006年当時の国際連合事務総長であるコフィー・アナンが金融業界に対して提唱したイニシアティブである。機関投資家の意思決定プロセスにESG課題(環境、社会、企業統治)を受託者責任の範囲内で反映させるべきとした。
*4 国際統合報告委員会(IIRC:The International Integrated Reporting Council)とは、英国拠点の民間非営利法人で、規制当局、投資家、企業、会計専門家、NGO等により構成される国際的な連合組織である。統合報告に関連する制度構築や企業実務が進む中で、国際的に合意された統合報告フレームワークを構築することを目的に活動している。
*5 ここでいう価値とは、組織が長期に亘って創造する価値であり、財務資本提供者への財務リターンにつながる価値と、ステークホルダー及び社会全体に対する価値という、相互に関係し合う2つの側面を持つものである。
*6 国連グローバル・コンパクトとは、企業等が責任ある創造的なリーダーシップを発揮することによって社会の良き一員として行動し、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組み作りをする自発的な取り組みである。
*7 持続可能な開発目標(SDGs)とは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載さave no one behind)ことを誓っている。本目標は、社会課題の解決に向けて全てれた2016年から2030年までの国際目標であり、持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の誰一人として取り残さない(leのステークホルダーの役割を重視しており、企業への期待も明確に示されている。
*8 アセットオーナーとは、資産(アセット)を保有する者である。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などがあてはまる。
*9 ユニバーサル・オーナーとは、資本市場全体に幅広く分散して運用する超長期投資家をいう。
*10 定型的な定量情報とは、コーポレートガバナンス報告書等の各種情報開示ガイドラインで、開示要請項目としてあげられる情報である。例えば、温室効果ガス排出量や環境法規制の違反等の環境データや、基本給と報酬総額の男女比率や従業員離職率等の社会データ、取締役会の議長や社外取締役の選任状況、コンプライアンス研修実施率等のガバナンスデータ等が考えられる。
*11 ファンダメンタルズとは、「経済の基礎的条件」と訳され、国や企業などの経済活動の状態を示す。企業の場合、売上高や利益といった業績や資産、負債などの財務状況があげられる。ファンダメンタルズをもとに株価や為替の値動きを予測することをファンダメンタルズ分析という。
*12 定性情報としては、例えば、企業戦略や、ビジネスに関連する「リスク」と「機会」に関する経営陣の認識等が考えられる。
*13 ただし、井口(2018)などで、ファンダメンタルズ分析におけるESG情報の有用性が指摘されているものの、ESG投資が株式市場の平均に対する超過リターンを高めるという因果関係を明確にした学術的な実証研究は確認できていない。
*14 KPIとは、key performance indicator の略で、目標の達成度を評価するための主要業績評価指標のことをいう。
参考文献
明田雅昭."パッシブ運用のエンゲージメント-論点整理と提案-".CGSAフォーラム,第16号,pp.13-32
井口譲二.別冊商事法務No.431財務・非財務情報の実効的な開示[ESG投資に対応した企業報告].初版第1刷,商事法務,2018,143p.,p.43-57
持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会."伊藤レポート2.0 持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会報告書2017年10月26日".経済産業省, http://www.meti.go.jp/press/2017/10/20171026001/20171026001-1.pdf, (アクセス日:2018-11-06)
芝坂佳子.ガバナンス改革の新たなロードマップ-2つのコードの高度化による企業価値向上の実現-. 北川哲雄編.初版,東洋経済新報社,2017,310p.,p.93-97.
統合報告・ESG対話フォーラム."アクティブ・ファンドマネジャー分科会報告書2018年6月25日".経済産業省, http://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180625001/20180625001-1.pdf ,(アクセス日:2018-11-22)
淵田康之."短期主義問題と資本市場".野村資本市場研究所,研究レポート2012年秋.
pp.13-32.http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2012/2012aut06.pdf, (アクセス日:2018-11-09)
水口剛.ESG投資-新しい資本主義のかたち.1版2刷,日本経済新聞出版社,2018,239p.
室田 真希
リスクマネジメント事業本部
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