ベンチャー企業のリスクマネジメントを考える

全社的リスクマネジメント

2018年9月21日

リスクマネジメント事業本部
コーポレート・リスクコンサルティング部

ERMグループ 主任コンサルタント

松原 真佑子

今年の前半は、ベンチャー企業のリスクが世間を騒がせたな、という印象であった。 
振袖が着られない新成人が相次いでしまった着物レンタル業者の倒産に始まり、仮想通貨取引業者からの顧客の通貨大量流出、そして女性向けシェアハウスを運営していた不動産転貸業者の破綻など、連日ベンチャー企業のリスクに関する記事が新聞に載っていたように思う。 
着物レンタル業者が直面した資金繰りの課題などは、ベンチャー企業がよく直面するリスクであり、多くの起業家が留意しているものである。にもかかわらず、このように資金繰りに窮する事態に陥るベンチャー企業は少なくない。ベンチャー企業のリスクマネジメントはなぜ難しいのだろうか。

それを考える前提として、まずベンチャー企業にどんなリスクがあるか、ざっと洗い出してみた。参考にしたのは経済産業省のウェブサイトにある「ベンチャー企業の経営危機データベース」*1である。成長ステージが「萌芽期」または「成長初期」にあった企業の経営危機事例43事例を参考に、簡易のリスクマップを作成した。なお、直近の事例を考慮するため、『企業不祥事事典II ケーススタディ2007-2017』*2も一部参考とした。

図1 ベンチャー企業のリスクマップ例
※図中、リスクに「資金繰りの失敗」や「資金ショート」を入れてしまうとリスクの範囲が広いので、「資金計画の失敗」「事業計画の甘さ」など、資金ショートの原因となる事象をもってリスク項目とした。
※損害規模と発生頻度は、事例にあったリスクの内容を参考に私見によって大中小の3段階に分けたものである。

こうしてみると、ベンチャー企業に多くみられるリスクは業種を通じて共通していると感じる。リスクマップでは、右上に位置するほど損害規模・発生頻度がともに高いリスクとなる。この図の中では、「事業計画の甘さ」や「資金計画の失敗」、「開発遅延」などが最も右上に位置するリスクとなったが、これらはどのベンチャー企業でも重要なリスクとして共通しているのではないだろうか。 
このことは、最近のリスク事例にも表れている。 
着物レンタル業者の騒動は、昨年の格安旅行会社の倒産とも共通しているが、それぞれ破綻の少し前に事業を急拡大させており、そのために運転資金が大量に必要になったと思われる。事業拡大に伴う運転資金需要の増大は資金繰りの困難を招くが、これを防ぐためには予めしっかりと資金調達計画を立てておく必要がある。しかし十分な対策ができないまま事業拡大に進んでしまうと「資金計画の失敗」となってしまう。これが生じたのではないかと推測される。 
また、サイバー攻撃で仮想通貨が流出した事件については、最新の技術を導入しようとしていた矢先にサイバー攻撃を受け、間に合わなかったということであった。リスク項目として「開発遅延」か「技術不足」か迷うところであるが、そのあたりのリスクと「サイバー攻撃」が合わせて顕在化した事例と言えるだろう。 
一方、女性向けシェアハウスを運営していた不動産転貸業者の問題点は着物レンタル業者と同様、事業拡大に伴う運転資金不足であろうと思われる。賃料保証を謳いながら入居者を集められずにいたということを併せて考えると、「事業計画の甘さ」に該当すると思われる事例であった。

このように、ベンチャー企業の主たるリスクは、いずれも過去の事例から高い確率で発生が予測されるリスクであるが、なぜそれらのリスクを“マネジメント”することが難しいのだろうか。 
思うに、ベンチャー企業とはそもそも起業して間もない企業であるから、当然歴史が短い。ということは、経営陣も経営に携わった経験が少ないのが一般的である。 
ドラッカーも「企業家精神にリスクが伴うのは、一般に企業家とされている人たちの多くが自分のしていることを理解していないからである」(『イノベーションと企業家精神』*3)と言っている。つまりリスクへの理解が足りないために、適切な経営判断を下せないのである。 
しかも、ベンチャー企業を立ち上げようという志の高い方は、前に進む推進力が強い。経営環境から言っても、即時の経営判断が求められる。技術の最先端を競うような業界であればなおさらであり、スピードが命、リスクはあとで考えよう、といったところだろうか。

しかし、そのようなベンチャー企業こそ、是非ともリスクマネジメントを行っていただきたいと思う。完璧なリスクマネジメントでなくてもよい。まずは関係者数名で集まって、自社のリスクがどういうところにあるかを洗い出して、認識を共有するだけでも意味がある。リスクは言語化・見える化しておかないと意識の底に沈んでしまいがちである。リスクを見える化して共有しておけば、その後に行う経営判断の際にそのリスクを念頭において判断を下すことができる。それだけでもだいぶ違うはずである。 
そしてこのリスクの洗い出しの際には、自社の中核メンバーのほかに、借入先である金融機関や出資者であるVC*4やCVC*5、事業上で協力関係にある大会社などの協力を得てもらいたい。経験が足りない部分を補い、他社の踏んだ轍を踏まないためには、経験や知見の領域が異なる人の意見はとても参考になるはずである。このようにしてリスクの洗い出しをすれば、自社のリスクが網羅的に見える化され、リスクマネジメントの第一歩となる。 
停滞する日本経済、ひいては世界経済が成長していくためにはイノベーションが必要不可欠と言われており、ベンチャー企業の存続と成長に対しては、起業家自身が思うよりもずっと多くの期待が寄せられている。是非とも経営にリスクマネジメントを組み込んで、長く活躍していただきたいものである。

*1 http://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/kikidatabase/index.html
*2 結城智里 (監修)、日外アソシエーツ、2018
*3 P.F.ドラッカー (著)、上田淳生(翻訳)、ダイヤモンド社、2007
*4 Venture Capital(ベンチャーキャピタル)。有望なベンチャー企業に投資する投資会社。
*5 Corporate Venture Capital(コーポレートベンチャーキャピタル)。事業会社が保有するベンチャーキャピタルで、事業会社自身とのシナジー(相乗効果)を図ることも多い。

松原 真佑子

リスクマネジメント事業本部
コーポレート・リスクコンサルティング部

ERMグループ 主任コンサルタント

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