動的リスクアセスメントのすすめ(2018年2月28日掲載)

全社的リスクマネジメント

2018年2月28日

リスクマネジメント事業本部
ERM事業部

ビジネスリスクグループ 上級コンサルタント

伊橋 貴之

お客様からリスクマネジメント、特にリスクアセスメント(リスクの特定・算定・評価)に関するご相談をお受けしていると、時に回答しにくいご質問をいただく場合がある。個人的には、次のようなご質問が最たるものだ。

「リスクマネジメント(またはリスクアセスメント)に取り組んでいますが、本当に役に立っているんでしょうか」

これは困る。実に困る。おそらく企業や何かしらの組織でリスクマネジメントを担当されている少なからぬ方々も、同じような質問(というか糾弾あるいは吊し上げ)を受けて四苦八苦した経験をお持ちなのではないだろうか。

リスクアセスメントの目的は、潜在するリスクを把握し、その影響(もたらされる損害)や発生する可能性を評価することにある。 
だが、リスクアセスメントの有用性を主張または証明しようとすると、途端に旗色が悪くなる。何故なら「(リスクアセスメントに取り組んでいなかったけれど)単純にリスクが顕在化しなかったから何も問題がなかった」のか、はたまた「リスクアセスメントに取り組んでいたからリスクを事前に察知し、未然に防止できた」のか、見極めることが非常に難しいからだ。これはもう、ほとんど「悪魔の証明」といってもいい。 
ただ、こうした疑念やお悩みをお持ちの方には、リスクアセスメントを別の方法で利用することをお勧めしたい。すでに多くの企業・組織において、毎年(あるいは数年に)1回、全社的な視点に立ったリスクアセスメントを実施しているし、その結果に基づいてリスクマネジメントを推進している。たとえば、こうしたリスクアセスメントの取組みを、個別具体的なプロジェクトや事業に落とし込み、もっと短いサイクルで実施してみるのはどうだろうか。

企業活動を例にとると、経営戦略や年次の事業計画の立案・遂行、あるいは新規事業の立ち上げやM&A(企業買収)といったプロジェクトの初期段階では、ポジティブな事業展開の“シナリオ”を描き、将来的な企業価値の増大、事業のリターンを想定する。だが、何かしらネガティブなリスクが顕在化した場合のシナリオを描き、その影響や対処方法までを想定しているケースは決して多くはないように思う。たとえば、以下のようなシナリオを検討されたことがおありだろうか。

【例1】
新商品のリリース直前に部素材の調達先でリコールが発生したら、〇〇の工程が××の影響を受け、最終的に□□億円の損失が生じる可能性がある。
【例2】
新たな海外製造拠点の稼働開始後、物流拠点となる現地の港湾でテロが発生すると、製品のX%が出荷できなくなり、代替ルートの構築までY日間が必要で、総額Z億円の損害が見込まれる。

不確実性の時代といわれる今、ある事業がスタートしてゴールするまでに、様々なイベントや不測の事態 ― 往々にして目的の阻害要因となるリスク ― が発生することを前提にせざるを得ない。それならば、何かしらのリスクが顕在化して事業や業務に及ぼす影響を事前に織り込み、それを回避・軽減する対策を講じる(少なくとも方針を検討しておく)ことは、ごく自然なことであろう。しかも、事業計画やプロジェクトの進展やフェーズに合わせ、流動的かつ断続的に、だ。 
自社の事業や自身の業務で描いている“シナリオ”に干渉しうるリスクを、膨大なリスクの中から常に取捨選択し続ける。ともすれば便利なマジックワードとして使われる「リスク」という言葉だが、そこに包含される事象は多様であり、その性質も多岐にわたる。事故や災害のように、突発的に発生するため、事前に把握することが困難なリスクもある。政治・経済や地政学に関するリスクのように、情報収集や分析といったインテリジェンスを磨くことで、事前にある程度の予兆をつかむことが可能なリスクもある。また、同じリスクであっても、事業の初期段階と終盤では、そのリスクによる影響や発生する可能性が変化していくことだろう。

リスクアセスメント自体は、安全衛生や品質管理などの分野でも利用されている技術であり思考法である。だが、その考え方や手法を更に活用する方法を模索する価値は十分にあるはずだ。年単位で実施するリスクアセスメントは、いわばレントゲンである。これは特定の時点におけるリスクを静止画として切り出す取組みといえる。一方で「流動的かつ断続的に」行うリスクアセスメントは、MRI(核磁気共鳴画像法)やCT(コンピュータ断層撮影)に該当する。連続した画像で病巣を特定するように、事業の進展や社会情勢の変動にあわせて適宜リスクを把握する「動的なリスクアセスメント」ともいえるだろう。いわゆる「シナリオ・プランニング」や「リアル・オプション」の考え方に通じる思考であるが、リスクやリスクアセスメントに軸足を置くことで、最悪の事態を回避し、目的を達成する可能性が高まることが期待できる。

一般に「リスクマネジメント」に分類される取組みの中でも、リスクアセスメントの効果は分かりにくい。だが、その考え方自体は決して無価値なものではない。おそらく、こうした動的なリスクアセスメントの活用が、リスクアセスメントの、ひいてはリスクマネジメント全体の価値や役割に対する疑問への回答になるのではないだろうか。

ちなみに冒頭でご紹介した質問に対しては、個人的には様々な回答があると考えている。ご関心のある方は、当社までお問合せいただければ幸いである。

伊橋 貴之

リスクマネジメント事業本部
ERM事業部

ビジネスリスクグループ 上級コンサルタント

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